悟りを開くその意味と目的



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悟りを開いたお釈迦様と現代の悟り

「悟り」という言葉の意味は物事の真の意味を知ること、理解すること、または感づくこととなっています。


悟りを開いたただ一人の人間

悟りは主に仏教で使われる言葉であり、2500万年程前にインドの北ルンビニー地方のサクヤ族の村で生まれたゴータマ・シッダールタが29歳で出家をして菩薩となりました。このゴータマ・シッタールタがお釈迦様です。ゴータマはサクヤ族の首長の権利、愛する妻子を振り捨てて自分が生きている本当の意味を追い求める修行者となったのです。


6年の修行を経て、ゴータマは仏陀となるべく菩提樹(ぼだいじゅ)の下で悟りを開いたと言われています。菩提樹はインドでは無憂樹(むゆうじゅ)、沙羅双樹(さらそうじゅ)とともに三大聖木とされています。これらの聖木には今でもインドの人は敬意を持って接しており、ゴータマが菩提樹の下で座禅を組んで悟りを開いたことも背景の一つとなっています。

一般的に亡くなった人を「仏様」と言いますが、実際には仏教の世界では仏とはただ単に亡くなった人の事ではなく、最高の悟りを開いた人のことを指します。


悟りには全部で52の位があり、悟り52位と呼ばれています。仏と呼ばれるには最高位となる下から数えて52段目の「仏覚」という悟りを開くことで、この上には何もないことから「無上覚」と言います。この悟りを開いて初めて仏と呼ばれるのです。


この悟りを開いた人はお釈迦様ただ一人であり、「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」と言われています。もちろん長い歴史の中で自分は仏だという人もいたのですが、それはただの自称に過ぎず、仏教において自他共に仏と言われるのはお釈迦様ただ一人です。

ゴータマが35歳で仏の悟りを開いてから80歳で亡くなるまでの45年間の間に全ての人が幸せになることが出来る道を教えたものが、現代の仏教です。


現代の悟りの考え方とは

お釈迦様の時代には悟りとは出家したものが厳しい修行を経て開くというものでしたが、日本に仏教が入って来てからは誰でも同じ様に悟ることが出来るという考えが主流になりました。


いつのまにか悟りを開くことが出来る可能性があるというものが既に悟りの中にあると変化してしまい修行が軽視される様になってしまいました。

悟りを開くと聞くと外界との接触の一切を断ち切って、人里離れた山の中で生活をするとイメージする人もいるでしょう。ですが現代ではそういった考え方ではなく、悟りを開くことによって物事の真理を感じ、人生をより豊かにすることを目的にする方がイメージしやすいのではないでしょうか。


掲載記事の参照元:悟り・真我・本当の自分を知る方法

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